行政DXの実現に向けて乗り越えるべき壁は?行政改革の祖が元職員の声から読み解く(下)  

著者:上山信一 | 慶應大学総合政策学部教授
本記事はYahoo!ニュースに寄稿された記事を転載したものです。

行政DXはアジャイル開発と年度主義のせめぎあいーGOVテック企業アスコエの元公務員にきく(下)

 前回に引き続き、行政機関がDXを進めるコツについて各地のGOVテックを支援する(株)アスコエパートナーズに勤務する元公務員に話を聞いていく。

②中央省庁からアスコエへ転職したIさんへのインタビュー

Q. 役所での経験と、当時どのような課題を感じていたか教えて下さい。

― 一般職として約3年、2つの課に勤務しました。最初は関連法人との連絡の窓口担当、その後は行政事務の担当課で出張管理、物品購入、予算要求の課内取りまとめ、調達・契約事務、国会対応などを担当しました。

 文書管理規定があって書類は紙保管が原則でしたが仕事の7~8割はパソコンで行っていました。書類起案、旅費計算入力などの事務でしたが、省内あるいは省庁共通のシステムを使いました。しかし業務システムの中にはかなり前に作られたせいか、使いにくいものもありました。例えば職員の出張管理では単純に旅程を登録するだけでなく旅費の計上処理を伴うために動作が遅く、入力してからレスポンスが返ってくるのに10秒くらいかかりました。現行システムは使い勝手が良くないものの一応使えている。そのため新しいシステムへの更新が遅れるのです。事務作業は直接国民に価値が還元されるサービスではない。「職員が頑張ればすむのであれば、皆で頑張りましょう」という発想になりやすいように思います。

Q.現在、アスコエではどのような仕事をしているのですか?

― 事業企画とリサーチ案件を担当しています。顧客は国・自治体をはじめ、民間企業などさまざまです。行政機関のオンライン申請をサポートするシステムを紹介したり、損害保険会社と共同で自治体における情報漏洩リスクに備える保険サービス商品を企画しています。

Q.役所を辞めて現在の会社に入社した理由は?

― 役所でしかできない仕事がたくさんあると思っていたので、転職するか否かは最後の最後まで迷いました。しかし役所の業務は体力勝負の面があり、タフな人しか頑張れない。「40代くらいになると政策立案に中心的に携われるがそこまで体力が持つか?」「出産を経て時短勤務で復職する女性がどこまで頑張れるのか?」「民間だったらどうか」など考え始め転職活動を始めました。現職のGovTechの業務は自分が役所で働いていて不自由と感じていたことを解決する仕事です。「民間企業にいても公共に資する仕事をしていたい」と考えてアスコエを選びました。

Q. アスコエにきて驚いたことはありますか?

― とにかくフットワークが軽いと感じます。役所で何か新しい取り組みをしようとしたら、影響が及ぶ部署の了解を得てからとなり、調整に時間がかかりがちです。一方、アスコエでは「まずはやってみよう」という風土です。一人一人に任される裁量範囲も大きい。役所では依頼された作業やルーチン的な業務をこなして、何かあれば上席に報告・連絡するというスタイルでした。ところがアスコエでは「こういうことをやってね」と題目を渡されたあとの仕事の中身については自分でどんどん考え、必要に応じて上席に見てもらう。最初はこういう仕事のスタイルに慣れていなかったので、具体的な指示がないまま動くことが不安でした。今は自分で計画しながら進めるスタイルにようやく慣れてきました。

Q. 役所の外に出てみて行政機関のDX推進の体制についてどう思いますか?

― 40代くらいより若い人ならパソコンやシステムの基本スキルは、官民で大きな差はないでしょう。しかし行政機関のシステムの構築や開発といった、いわゆるエンジニア的な領域では差が大きい。役所ではシステムの発注にあたって専門知識を持つ職員が少ないので事業者から提示される見積価格が適正か否かの判断に悩む場合があるようです。

 省庁にもシステム関連の部局があり、システム改修や予算要求の相談には対応してくれます。しかし忙し過ぎて、原課の担当者と二人三脚で進める余裕はない。システム担当部局には民間の人材も常駐派遣され、技術サポートをしています。しかし全システムのサポートができるほどの数はいません。また原課の職員が気軽に相談できる環境でもない。理想を言うなら、部局・フロアごとに専門的な知識を持ったIT人材が配置されるとよいでしょう。職員は気軽に相談ができるし、IT人材の側も部局の仕事や政策の知識が得やすくなります。

Q.DXを進めるにあたって行政機関特有の課題がありますか?

〇決定に時間がかかりすぎるという問題

― おそらく年度主義という時間の壁です。役所でシステムを開発・改修するにはどうしても3年程度かかります。しかし職員の多くは2年程度で人事異動します。腰を据えて取り組むことが難しい。順序としてはまずベンダーに相談して仕様を考え、予算要求する。予算案が通ったら調達手続きをしてベンダーを決める。それから実際にシステムを開発・改修する…というプロセスですが、一気に進めることは難しいです。

〇デジタル化の恩恵を感じることが先決

— 現場職員が、デジタル化の恩恵を感じる経験が少ないこともDX化が進みにくい要因のでしょう。DXによる業務改善のインパクトを知らないから、期待値も小さいのです。成功体験や便利になった実感が得られたら、デジタル化のための業務棚卸作業などもやる気が出るはずです。しかしそれがない。そしてシステム改修を進めるプロセスが煩雑過ぎて躊躇させていると思います。

〇年度主義 VS アジャイル開発

— IT企業に多く見られるアジャイル開発と、予算要求から執行までの期間が厳格に区切られる行政の年度主義や契約の規則の相性が良くない。たとえば年度が明けて5月頃には次年度予算立案のための仕様が大枠で決まっていないといけない。入札公告を出す際には仕様が確定していなければならない。しかし、こういうやり方は短期間でサイクルを回し、トライアンドエラーで改良していくアジャイル開発とはかみ合いにくい。もちろん役所では調達の透明性と公平性を確保する必要があり、そのため様々な契約の規則が設けられており、これは崩せない。だから役所の年度主義を改めればよいというだけの問題では解決しません。

〇民間が開発して国がリース料を払う仕組みなども有効

— 例えば民間がシステムを開発して、国がリース料を支払う仕組みなど、システム関連の調達についての特例が認められれば、ベンダーも国ももっと柔軟に業務を行えるのではないでしょうか。

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以上、2回にわたって元公務員で現在、GOVテック分野で仕事をする二名の方のご意見をきいた。年度主義に代表される行政の仕組みとITは必ずしも相性が良くない。しかし、ITなしでは行政改革は進まないし、公務員のワークライフバランスも改善しない。DXと行政機関の仕事のやり方の改革はいわばニワトリと卵の関係にあるようだ。DXをやりながら、行政機関の風土や仕事のやり方を変える必要がある。そういう意味では民間人材が行政機関にいくこと、そして逆に行政パーソンがアスコエパートナーズのような民間のGOVテック支援企業に行くことの両方が必要なのだろうと思う。(了)

出典(2020年12月29日、YAHOO!ニュースhttps://news.yahoo.co.jp/byline/ueyamashinichi/20201229-00214827/